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静岡地方裁判所富士支部 昭和61年(ワ)143号 判決

原告

大東工業株式会社

右代表者代表取締役

大野満

右訴訟代理人弁護士

杉山利朗

被告

大正海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

石川武

右訴訟代理人弁護士

宮原守男

井口賢明

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、一五一〇万円及びこれに対する昭和六一年九月一二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。との判決並びに右1につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、損害保険事業等を営むことを目的とする株式会社である。

2(一)  原告は、昭和五九年一〇月二五日、被告との間で左の自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。

(1) 保険金 対人賠償一億円

(ほかに対物賠償、搭乗者傷害あり)

(2) 保険料

一年間合計一一五万五六〇〇円

(3) 払込期日

第一回目昭和五九年一〇月二五日、

第二回目以降毎月末日

(4) 保険契約者 原告

(5) 被保険自動車

左記ほか九台(合計一〇台)

車台番号     車名

F24―31213

TOMロードクランプ

(以下「本件自動車」という。)

(6) 保険期間 昭和五九年一〇月二五日から昭和六〇年一〇月二五日まで

(二)  右契約締結に伴い、自動車保険普通保険約款第一章賠償責任条項第一条第一項により、被告は、被保険自動車の所有、使用又は管理に起因して他人の生命または身体を害することにより被保険者の原告が法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害を右約款第一章賠償責任条項及び一般条項にしたがい填補する責任を負つた。

3  渡邉三雄(以下「渡邉」という。)は、昭和六〇年七月三日午前九時三〇分頃、静岡県富士市依田橋上三条九九番地所在の井出製紙株式会社(以下「井出製紙」という。)の依田橋倉庫(以下「本件倉庫」という。)内において、荷積みされた故紙(製紙原料。一個の大きさは縦約1.45メートル、横約一メートル、高さ約一メートルの長方体で、重量は六〇〇ないし七〇〇キログラム)が荷崩れを起こしてその下敷きとなり、頭蓋骨骨折、頭部圧挫創により死亡した(以下「本件事故」という。)。

4  本件事故発生の経緯、態様は次のとおりであつた。すなわち、渡邉は、今泉運送有限会社の運転手として、同社が製紙原料運送契約を締結していた井出製紙の故紙一八個(形状、重量は前記のとおり。以下、渡邉が運搬した故紙を「本件故紙」という。)を本件倉庫に運搬した。原告は、同倉庫内での荷積み作業を井出製紙から請負つていたので、原告会社の従業員である鈴木庸司(以下「鈴木」という。)、富樫勇(以下「富樫」という。)とが、渡邉が運搬してきた故紙の荷降ろし、荷積み作業をなした。その際、鈴木が本件自動車を運転し、渡邊が運転してきたトラックに積まれた本件故紙を、倉庫の壁に沿つて五段の高さに積み上げた。ところが、同作業終了後間もなくして、積み上げた本件故紙の一部が荷崩れを起こし、渡邉がその下敷きになり、死亡した。

5  渡邉の遺族である渡邉浩一、渡邉珠恵、渡邉喜代子の三名は、本件事故につき、昭和六〇年九月一二日、原告と井出製紙を相手方として、富士簡易裁判所に損害賠償額確定調停申立をなし(昭和六〇年(ノ)第一〇二号)、昭和六一年六月一三日、概ね左記内容の調停が成立した。

(1) 原告と井出製紙とは連帯して申立人三名に対し、二〇二〇万円の損害賠償金の支払義務を認める。

(2) 原告と井出製紙との負担割合は、原告が一五一〇万円、井出製紙が五一〇万円とする。

6  原告は、昭和六一年七月二一日、渡邉の遺族三名代理人長橋勝啓弁護士に対し、右調停条項に基づき、一五一〇万円を支払つた。

7  原告は本件自動車を自己のために運行の用に供する者であるところ、本件事故は前記のように本件自動車を使用して積み上げられた本件故紙の荷崩れによるものであつて、故紙の荷積みは本件自動車に固有の装置(クランプ)に故紙を挟んでなされたものであるから、本件事故は、本件自動車の運行によつて生じたものであり、原告は自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条本文により本件事故に基づく損害の賠償責任を負つたが、本件事故は前記保険約款に定める被保険自動車の所有、使用または管理に起因するものにあたる。

したがつて、被告は原告に対し、本件保険契約に基づき、原告が渡邊の遺族に対して負担する損害賠償責任を填補すべき義務を負う。

8  よつて、原告は被告に対し、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1、2の事実はいずれも認める。

2  同3のうち、故紙の荷崩れ及び渡邉死亡の時刻は争うが、その余の事実は認める。

3  同4のうち、本件故紙の一部が荷崩れを起した原因は争うが、その余の事実は認める。

4  同5、6の事実はいずれも認める。

5  同7のうち原告が本件自動車を自己のために運行の用に供する者であることは認めるが、その余の事実は否認する。

本件事故は本件自動車の運行によつて生じたものではない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求の原因1、2の事実、同3のうち故紙の荷崩れ及び渡邉死亡の時刻を除くその余の本件事故発生の事実、同4のうち本件故紙の一部が荷崩れを起した原因を除くその余の本件事故発生の経緯、態様に関する事実、同7のうち原告が本件自動車を自己のために運行の用に供する者であるとの事実はいずれも当事者間に争いがない。

二そこで、本件事故は本件自動車の運行によつて生じたものであり、原告は自賠法三条の規定によりその損害賠償責任を負うに至つた旨の原告の主張について判断する。

前記争いのない事実、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

1  本件事故発生の現場である本件倉庫は井出製紙の依田橋倉庫であり、原告会社は井出製紙から本件倉庫内での故紙の荷積み作業を請け負い、本件自動車等を使用してその作業を処理していたものであり、本件事故で死亡した渡邉は、井出製紙との間で故紙の運送契約を締結していた今泉運送有限会社の運転手をしていたものである。

2  渡邉は、昭和六〇年七月三日午前八時頃、静岡県富士市新橋町にある井出製紙の検量所に本件故紙一八個をトラック(大型貨物自動車)で運び、検量したのち、井出製紙の係員の指示により同所から約一キロメートル離れた本件倉庫まで右故紙を運搬した。

渡邉の運搬した本件故紙はいずれもケント紙を裁断した幅約一、二センチメートルの細長い多数の紙片を縦約1.45メートル、横約一メートル、高さ約一メートルの長方体にプレスしたのを針金できつく数回り縛りつけて束にしたものであり(ただし、箱詰めされているものではないので、長方体の各面、角には若干の凹凸がある。)、その一個の重量は六〇〇ないし七〇〇キログラムと極めて重い。

3  渡邉が本件倉庫に到着したのち、井出製紙の係員渡辺昌弘は、本件故紙に取り付けるための荷札一八枚を渡邉に渡し、原告会社の従業員である鈴木、富樫の両名に対し右故紙の積み場所を指示し、本件倉庫を離れた。

故紙に付ける荷札(通称エフ)には一般にどこの会社の製品か分かるように会社名を記入し、故紙の束一個につき一枚を付けるものであり、本件倉庫に故紙を運搬してきたトラックの運転手には自分自身で故紙に荷札を取り付けることが義務づけられており、フォークリフトによる荷降ろし作業が開始される前にトラックの荷台上で荷札を取り付けるのが通常であるが、トラックの運転手が取り付けるのを失念することがあり、そのような場合でも、鈴木はそのまま故紙の荷降ろし作業を開始し遂行しているのが通例である。もつとも、故紙の荷降ろし終了後に至つては、トラックの運転手に対し、荷札を取り付けるように頭から言い付けるようなことはしていない。

4  鈴木は、前同日午前八時三五分頃、渡邉が本件倉庫内にまで運搬してきた本件故紙一八個には、渡邉が失念したため未だ荷札が取り付けられていなかつたものの、そのままクランプ(爪)付きフォークリフトである本件自動車を運転、操作して前記トラックの荷台に積まれていた右故紙を降ろして本件倉庫内に置く作業を開始し、その後、同日午前九時三〇分頃、右作業を終了した。

鈴木の運転、操作した本件自動車は、二枚の幅の広いクランプ(爪)の付いた大型特殊自動車のフォークリフトで、右クランプは左右に開閉し、上昇下降して物を挟み積み上げ、積み降ろす機能を有している。

5  ところで、鈴木が右作業を開始する前、本件倉庫の西側には、あらまし別紙第一図表示のように西側壁に面した一列目に五段又は六段の高さになつた故紙が南側壁面から北側壁面までいつぱいに、また西側壁面から二列目に故紙が二段の高さに既積みされていたものであり、右既積みの故紙はいずれも細長い多数の紙片を長方体にプレスし針金でその周囲を回してきつく縛つてある点は本件故紙と同様であるが、その一個の大きさは縦約1.45メートル又は1.5メートル、横約七五センチメートル、高さ約七五センチメートル、重量は四〇〇ないし五〇〇キログラムで本件故紙より幾分小さく、軽い。なお、右既積みの故紙も箱詰めされているものではないので、本件故紙と同様に長方体の各面、角には若干の凹凸があり、一列といつても若干の凹凸はあり、何段の高さといつても若干の凹凸はある。

6  そして、鈴木は、本件自動車を運転、操作して本件故紙一八個のうち一五個を、別紙第二図表示のように、同図記載の番号順で、本件倉庫西側壁面の二列目二段積みの既積み部分の三段目から五段目まで各段五個を積み上げ、這い付けし、残余三個のうち一個を同図表示のように右五段に積んだ故紙の北端に接して床の上に一段目として置き、残り二個を本件倉庫内南側の空いている場所に積んだ。

鈴木は、昭和五七年四月原告会社に入社し、本件事故発生の二、三か月前からフォークリフト運転手をしていたものであるが、日頃フォークリフトで故紙の荷降ろし、積み上げ作業をするにあたつては、(1)フォークリフトのクランプを故紙の中央に持つて行き、積む場所まで低くしたままで故紙を運び、そこでクランプを上げてまつすぐに置くこと、(2)故紙を既積みの故紙の上に重ねて置くときには多少なりとも下の段の二つの故紙に跨り、かかるようにずらして置くこと、(3)故紙と故紙との間に透き間を空けないようにしてぴつたり積み、フォークリフトで故紙を置いただけでは透き間が空いているときはクランプを操作してぴつたり付けるようにすること、(4)故紙を数段に積み上げるときには、最下段の故紙は壁面より少し離して置き、上の段に積むものほど壁に寄つてかしぐようにし、上段では壁面に持たせかけるようにして積んで手前に倒れないように置くこと、(5)故紙を五段の高さに積み上げるときには、一番上の五段目には下の四段の故紙より小さいものを積むことを主に心掛けているものであつて、本件事故当日、本件故紙の積み上げ作業をするにあたつては、右(5)につき、前記のように前記二列目の下二段の既積み故紙は本件故紙より幾分小さく、軽量であるのにその上に本件故紙を三段目から五段目に積み上げたのを別にして、右(1)ないし(4)については日頃の心掛けどうりに実施した。

7  鈴木は、本件故紙の荷降ろし、積み上げ作業を終了したのち、富樫と一緒に本件故紙の積み上げ状況を目で見て安全を確認したところ、荷崩れを起こすような状態ではなかつたので、前同日午前九時五〇分頃、本件自動車を運転して本件倉庫の外に出て他の場所に移つた。鈴木は、積み上げた故紙が小物であるときにはフォークリフトのクランプの爪でゆすつたりして安全かどうかを確認することもしているが、本件故紙ないし既積みの故紙は前記のような形状で重量物のため、ゆすつてみたりすることをしなかつた。

8  富樫は、前同日午前一〇時一〇分頃、本件倉庫の出入口の戸を閉めようと倉庫内をのぞいたら、渡邉の運転してきた前記トラックが依然として倉庫内に停つていたので右トラックに近付いたところ、本件故紙のうち別紙第二図の赤線で表示した七個が北東の方角に荷崩れを起こしており、その下敷になり倒れていた渡邉を発見した。医師作成の死体検案書によれば、渡邉の死因は頭蓋骨骨折、頭部圧挫創による圧死であり、即死と推定されている。

9  右事故の発生は、前同日午前一〇時三五分頃、所轄富士消防署に一一〇番通報され、同署から所轄富士警察署に連絡され、同署刑事一課所属の司法警察員警部補川端忠治ら数名の警察官が本件事故現場に駆けつけた。

右川端警部補は、前同日午前一〇時五〇分から午後零時四〇分まで検視をしたが、検死時の死体の状況は、頭部を北東側に仰向けで、コンクリート床に倒れ、両腕を伸し、右手は斜め横、左手掌は腹部に乗せており、左顔面に一辺が六、七、九センチメートルの三角形の挫裂傷、頭蓋骨の複雑陥没骨折、脳奨の漏出のほか、左肋骨完全骨折等が認められるという状況であつた。

川端警部補らが現場に駆けつけた当時、崩れ落ちた故紙のうちの一部は血が付着したりしたため既に他に移動されていたが、一部は現場に残されていた。川端警部補にとつて、故紙の崩れ落ちた箇所が容易に崩れ落ちるような積み方をされていたかどうかについては、既に崩れたあとであるので判断しかねる状態であつたが、同警部補は、その際、崩れた箇所以外の故紙の積み上げ状況を見たところ、きちんと積まれていて危険性を感じなかつた。

10  渡邉は、鈴木が本件故紙の荷降ろし作業をするまでに荷札を取り付けるのを失念していたものであるところ、本件事故後に判明したところによれば、本件故紙一八個のうち九個には渡邉により荷札が取り付けられていた一方、前記のように本件倉庫の西側に積み上げられた一五個のうち少くとも二個には荷札が取り付けられておらず(その他の故紙については、警察官が現場に駆けつけた当時既に一部移動されていたことなどのため詳らかでない。)、本件故紙には荷札の付けられたものと、付けられていないものとがあつた。

故紙を数段に重ねて積み上げるときには、安定をよくするため、下の段の二個の故紙に跨つて積むことが多く、また、故紙の大きさは必ずしも一定せず、不揃いであることなどのため、数段に重ねられた故紙の山には、その端が階段状のようになつてその上部に故紙の置かれていない空白部を生じることがあり、針金できつく縛つてある故紙の山であつても、その部分を手掛りとし、足場として上に登ることができる。ただし、渡邉が本件故紙の積み重ねられた山に登つているのを現認した者はいない。

富士警察署は、本件事故について一定の捜査をした結果、該事故の発生したのは渡邉が荷札を取り付ける作業のため本件故紙の山に登つている際に故紙が崩れ落ちたことによるもので、同人自身の過失によるものと推定されるとの結論に達し、右事故について被疑者を立てることをせず、また、事件として検察庁に送致することもしなかつた。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

そこで、本件事故が自賠法三条所定の本件自動車の「運行によつて」発生したものであるかどうかについて検討するに、右認定事実によれば、確かに鈴木が本件自動車で積み上げた本件故紙は、前記二列目二段積みの既積みの故紙より、縦、高さが各約二五センチメートルほど長く、重量も二〇〇キログラム位重いものであるので、そのような幾分小さい故紙の上に本件故紙を五段の高さに積み上げたことは、鈴木が日頃心掛けている積み上げ方法(前記6(5)認定の積み上げ方法)に必ずしも適合しないとの事実を認めることができるけれども、他方、右認定事実によれば、右既積みの故紙は、本件故紙ともども、箱詰めはされておらず各面、角には若干の凹凸があるものの、長方体の形状にプレスされ、その周囲を針金できつく縛つてあるものであり、右既積みの故紙が本件故紙より幾分小さく、軽量であるとはいえ、右5認定の如く相当程度の大きさ、重量を有し、ひとつづつ安定しているうえ、鈴木による故紙の積み方には一定の工夫が払われ、崩れ落ちの防止のため合理的な配慮が施されていることが認められるので、右認定事実によつては、本件故紙を前記既積みの故紙の上に五段で積み上げたことが原因で、例えばその下の既積みの故紙が重さに耐えかね歪むなどして前記七個の故紙が崩れ落ちたものであると推認するには足りない(なお、鈴木らが積み上げ作業終了後、本件故紙をゆすつたりせず、目で見て確認しただけである点も、右のように既積みの故紙が安定した形状、重量を有し、鈴木のした積み上げ方法が不適当なものでないことにかんがみれば、安全確認のために不十分な方法であるとはいえない。)。かたわら、右認定事実によれば、渡邉は鈴木の積み上げた本件故紙の山に荷札取り付けのため登つたことがあるのを推認することができるところであり、前記七個の故紙が崩れ落ちたときにも登つていたかどうかは判然としないが、崩れ落ちた当時、渡邉は荷札を取り付ける途中であつて、こうした同人の行動が崩れ落ちた原因になつた可能性を窺わせるところである。しかして、以上の事実を彼此総合して考えると、前記認定事実によつては、本件事故が本件自動車の「運行によつて」発生したものであると断ずることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

そうだとすれば、原告は、本件事故について自賠法三条の運行供用者として損害賠償責任を負うものではないものといわざるをえず、原告の右責任を前提とする被告に対する本件保険金請求も失当であることに帰するものである。

三以上のとおり、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官榎本克巳)

別紙第一図〈省略〉

別紙第二図〈省略〉

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